食品用放射線測定器(BS9711)を試してみた

 読者のNさんから、中国製の食品放射能測定器(BS9711)を、お借りしました。福島の御友人に送るために購入されたところ、検査機関での検査結果(589Bq/L)とBS9711での測定結果(1200Bq/L)の乖離が大きく、精度に疑問があるので躊躇されているとの事です。

bs9711

 でも・・・せっかく購入されたものですから、有効に利用しないともったいないですね^^
誤差の発生要因や正しい計測結果を得るための計測方法など探ってみたいと思います。

とりあえず測ってみる

 0.04~0.05uSv/h の環境で以下の計測を、10分x6回 づつ行いました。
 1.バックグラウンド(BG)の計測。
 2.ブランクの計測。
 3.タッパー入り検体(71.5Bq/L)-100ccの計測。
 4.マリネリ容器入りの検体(71.5Bq/L)-200ccの計測。

1.BG計測結果↓

2.ブランク計測結果(BG計測の最後の値(99cpm)を本体BGに設定)↓

3.タッパー入り検体100cc計測結果↓
検体Aの計測

4.マリネリ容器入り検体200cc計測結果↓
検体A(マリネリ容器)

計測結果を見てみる

BG値の設定について:
 2.ブランク(この計測では空の状態)の計測結果が平均13.8Bq となっています。BGの設定値が大きいと過小な計測値となり、小さいと過大な計測値となります。BGはゆらいでいますから、たまたま計測された大きなBG値を設定してしまうと、基準値を超えるものを見過ごす危険があります。BGの設定は複数回の測定を行って、ばらつきを確認しながら行ったほうが良さそうです。

計測の方法について:
 3.タッパー入りのブランク調整値は8Bq 、4.マリネリ容器では 16.7Bq となりました。検体とシンチレータの幾何学的な位置関係が変わると、検体から見たシンチレータの立体角が変化して入射率が変わってしまうので、測り方(容器・充填量)によって計数率は変わります。タッパで測るなら常に同じタッパに同じ量で。マリネリ容器で測るならマリネリ容器に同じ量を充填して校正する必要があります(初期画面のSet-SysのCal という項目で、Cs の算出係数が設定できるようになっている)。上の計測でもマリネリ容器の方が検体の量が多い事と、近接効果によって検出率が高いために大きな計数率になっています。検体の放射線をなるべく多く検出するために、マリネリ容器で計測したほうが良いでしょう。

計測値の精度について:
(2012/04/05 追記:mw_mw_mw さんのコメントで、ここの計算が正しくないことが判りました。詳細はmw_mw_mw さんのコメントをご覧ください。親切な御指摘に感謝です♪)
 各10minの計測の平均を見ると、ブランクの1159.8に対して、タッパの時に1257.5、マリネリの時に1359.5 となって、正味のカウント数はそれぞれ97.7 と 199.7 となっています。ブランクの標準偏差は [tex]\sqrt{1159.8}=34.1[/tex] なので、検出下限を3.29σ とすると、34.1 x 3.29=112.2 となり、タッパの計測結果は検出下限を下回ってしまいます。10min の計測では不十分です。

 60minの合計を見ると、ブランクの標準偏差は [tex]\sqrt{6959}=83.4[/tex] 。3.29σ = 274.5 ですので、4.6cpm (x0.9=4.1Bq ※)が検出下限。タッパー入り検体の合計カウント数は7546で、BGを引くと正味の計数値は587 ですので、9.8cpm(x0.9=8.8bq ※)。 標準誤差率は[tex]\sqrt{587}/587=4.1%[/tex] 。
と、統計的に有意な計測が出来ています。
(※:実機ではCs算出計数の初期値が0.9に設定されていて 1cpm=0.9Bq で算出されている)

 この計測では、71.5Bq/L の検体計測において 1L換算でタッパーの計測=80Bq/L、マリネリでの計測=83.5Bq/L となって、ゲルマでの計測値との大きな乖離は見られませんでした。

疑似高線量環境で測ってみる

 上記の計測を福島のように高線量の地域で行ったらどうなるか?本体にCs基準線源を張り付け、疑似的に0.2uSv/h程度の環境を作って計測してみました。

1.バックグラウンド計測結果↓
疑似高線量環境テスト

2.ブランク測定結果↓

3.マリネリ容器入りの検体計測結果↓

結果:
 検体計測のブランク調整値がマイナスになってしまいました。この計測ではマイナスとなりましたが、逆に大きな数値となる可能性もあります。検体から期待される計数値に対してBGの計数値が大きすぎるので、ゆらぎに埋もれて計測することが困難です。

 高線量の地域で使う場合には、なるべく空間線量の低い場所を測定場所に選び、バックグラウンドの測定値が100cpm以下になるよう遮蔽を強化する必要がありそうです。

(ためしにやってみた↓)
遮蔽の追加

上の写真は、鉛の薄板を周囲に巻いて遮蔽効果を測定しているところです。4mmの遮蔽で、113cpm のBG値を 90cpm 程度に下げることが出来ました。遮蔽は「比重x厚み」で決まるので、鉄でもコンクリートでも水でも可能です。鉛の比密度は11.34ですので、鉛の10mmと同じ遮蔽効果を、15mmの鉄板、42mmのセメント板、113mmの水で得ることが出来ます。

カリウム40の影響について

 ほとんどの食品には多かれ少なかれカリウムが含まれている為、カリウム40からの放射線を弁別しないと、試料に含まれるセシウムの線量を正しく測定することができません。

 BS9711 がカリウムの放射線を弁別しているか?やさしおを計測してみました。

(こんな感じ↓)
やさしおの計測

157.8g のやさしおをマリネリ容器で測定すると、126Bq と表示されました。1kgに換算すると798.5Bq/kg になります。このことから、BS9711 はカリウム40を弁別していないことが判ります。従って、カリウム40が含まれる検体では高い数値が表示されてしまいます。この検体のスペクトルをC12137でとってみると、カリウムが含まれていることが解ります。

(クリックで拡大表示できます↓)

 スペクトルを見ると解るように、セシウムの領域はカリウム40のようなセシウムよりもエネルギーの大きなγ線のコンプトン散乱の上に重なっていますので、セシウムのピークの領域のパルスを数えただけでは実際に含まれるセシウムの量よりも大きな値となります。BS9711は、核種の弁別を行っておらず、カリウム40の放射線もカウントしてしまうようです。

BS9711でスペクトルをとる

 前の記事 で取り上げたように、スクリーニングの原則的にはカリウム40を無理に弁別せず「あやしい!」と片付けてしまうのが安全かもしれません。しかし、それではカリウムを多く含む全ての試料が精密な計測を要求することになってしまい、現実的ではありません。ですので、計測にあたっては機械の表示する数値を統計的に評価するだけでなく、スペクトルを見る必要があります。しかし、BS9711 にその機能が無いのは「食品用放射線測定器」としては致命的です。

 そこで、荒療治ですが・・・
BS9711 にインターフェースを増設して、信号をPCに取り込めるようにしてみました。

(こんな感じ↓)
USB/IF追加

(ケーブルは背面からニョキッと↓)
USBケーブル

USBケーブルをPCに接続すると、信号ラインが切り替わります(USBでPCに接続した状態では、本体の計測機能は使えません)。
RadViewer で音声信号として解析しますので、ホトマルの信号を、適当に積分したものをUSBオーディオIF基板に入力しています。

598Bq/Lの検体200ccをマリネリ容器に入れ、RadViewer で計測すると、こんなスペクトルが得られます。
セシウムのピーク領域の右側に、カリウム40のピークとコンプトンが見えているのが分かります。

(検体のスペクトル↓)
検体Bスペクトル
C12137のスペクトルと比較するとCs134のピーク部分がはっきりしないのは、シンチレータの違いによるものでしょうか?

比較の為にCs137基準線源のスペクトルをとってみました。セシウムのピーク領域より右側が顕著に違うのが分かります↓
Cs137のスペクトル

計測データをCSVで保存しておくと、カリウムのコンプトン領域のデータを減算するなど核種別の定量に利用することが出来ます。

計測データ例→ 検体Bマリネリ.xlsx
核種弁別の方法は、これのP.37以降が参考になります→ 「NaI(Tl)シンチレーションスペクトロメータ 機器分析法

そして、波形を観察すると分かるのですが・・・ACアダプターで動作させるとノイズが乗ります!
前述の計測は、USBインターフェースの実装後に、この事を把握してから行ったもので、すべて電池動作で行いました。

まとめ

 計測値が真の値と乖離する要因としては、
A.校正時と計測時の空間線量が異なる場合。
B.校正時と違った容器・分量で計測した場合。
C.Bq/kg 表示時の計測単位重量の設定が違う場合。
D.ACアダプターを使っている場合。
が考えられると思います。

 そこで、BS9711 を使って食品を計測するには、
1.ACアダプターは使わない(あるいはノイズの小さい安定化電源を使う)。
2.計測前には30分程度のウォームアップを行う(光電子増倍管の特性)。
3.バックグラウンドの計数率が100cpm以下になるような、線量の低い環境を探し必要なら遮蔽を強化する。
4.計測する環境を決めたら、バックグラウンドの計測を複数回行ってばらつきを確認する。(BGに高い数値を設定するとスクリーニング漏れが発生する危険があるので、平均値よりも若干低い数値を設定する)
5.計測に使用する容器と容積を決め、基準線源を使って校正する(Cs算出係数を設定する)。
6.検体の充てん量はばらつくので、Bq/kg 表示による計測ではなく検体の充てん量を正確に測り、「表示Bq値 / 充てん量」から計算する。
7.計測は複数回行ってばらつきを確認する。
8.基準値を上回る結果が出た場合、USBでPCに接続してスペクトルをとり、カリウム40などセシウム以外の核種の影響を確認する。
のが良いと思われます。

 今回の計測結果を見るかぎり、新しい基準値での水(10Bq)のスクリーニングには大幅な遮蔽強化が必要ですが、食品(100Bq/kg)のスクリーニングには利用できるように思います。

追記:「NaI(Tl)シンチレーションスペクトロメータ 機器分析法」のP.11 に記載されているように、測定する検体の組成が分かっている場合には、非汚染試料をブランク計測に使う事で、試料に含まれるセシウム以外の核種による計数値を減ずることが出来ます。例えば、「米」の線量を計測するなら、汚染されていない「米」をブランクとして計測し、検体の計数値から減じてやれば、「米」に含まれるカリウム40の影響を相殺することが出来ます。

感想

 NaI(Tl)シンチ+PMTの検出部はC12137と同程度の検出率ですが、遮蔽が弱すぎるのとスペクトルが取れないのが残念なところです。基板を見ると、コンパレータが4つ載っているんですが、どんな処理をしているのでしょう?
 本体の閾値は高めに設定されているようで、RadViewerで計測すると実機の約1.5倍以上のカウント数となります。セシウムの検出では30keV のパルスがキモなので、閾値が大きいのは残念なところです。ACアダプターの電源ノイズ対策でしょうか・・・(謎

 今回の計測は、統計の書籍とにらめっこしながら行いました(笑) 放射線の計測には統計の知識が必要なのが難しいところです。誰でも簡単に計測できるように、これらの手順を実装しなくてはなりません。測定器の開発はハードよりもソフトが重要なのかもしれません。

 最後に、実機と検体を提供してくださいましたNさんにあらためてお礼申し上げます m(_ _)m

では、また♪

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食品用放射線測定器(BS9711)を試してみた への6件のフィードバック

  1. mw_mw_mw のコメント:

    素晴しい試みですね。今後の発展にも期待しています。
    統計処理で気になる点がございましたのでコメントさせていただきます。
    まず
    「60minの合計を見ると、ブランクの標準偏差は 。3.29σ = 274.5 ですので、4.6cpm (x0.9=4.1Bq ※)が検出下限。タッパー入り検体の合計カウント数は7546で、BGを引くと正味の計数値は587 ですので、9.8cpm(x0.9=8.8bq ※)。 標準誤差率は」
    は正味カウント数は7546-6959 = 587 で正しいですがその誤差は sqrt(7546+6959)になります。
    つぎに検出限界の計算ですが、
    バックグランドがB=6959カウントで閾値を3.29とした場合は、sqrt(2*6959)*3.29カウントが有意になる実計数値になります。これは概念的には次の様に考えるとわかりやすいでしょう。
    ある実計数値Sに対してその条件でのバックグランドカウントがBだとします。その時の正味計数Nとその誤差はN=S-B σ=sqrt(S+B)となります。いまバックグランドを測定したときにもし正味があったとしたらその誤差はどのくらいかを勘定してみます。その場合はS=Bですから N=B-B=0 σ=sqrt(B+B)になります。より正確にはcooperの法で計算して2次方程式を解くことになりますがBが大きければ上の式と等しくなります。詳しくは上のtogetterを参考にしてください。
    また実際の試料の測定ではバック自身も一般に増えるので検出限界は測定データごとにかわるものであるということをご注意ください。

    • supermab のコメント:

      mw_mw_mw さん

       はじめまして。コメントありがとうございます!

      >また実際の試料の測定ではバック自身も一般に増えるので検出限界は測定データごとにかわるものであるということをご注意ください。

      なるほど!もういちど計算して、もう少しきちんと理解出来るように頑張ってみます♪
      今後ともよろしくお願いいたします^^

      • mw_mw_mw のコメント:

        最後の部分に少し追加させていただきます。
        実際の試料の測定の結果を解析して、正味カウント数がN、誤差がσ、であったときに有効バックグランドカウント数はB=(σ^2-N)/2になります。この測定条件での検出限界正味カウント数Nmは、
        Nm = (Am^2+Am*sqrt(Am^2+8B))/2 となります。Bが大きいとき近似できて、
        Nm=Am*sqrt(2B) となります。ここでAmはσの何倍を閾値にするかの指標で3とか3.29とか使いたい条件で決める値です。
        Nmから検出限界放射能(あるいは検出限界比放射能)を求めるには、カウント数からBq値やBq/kg値に変換するのと同じ係数をかけて求めることができます。
         正しく解析した正味カウント数とその誤差σが必要な大事な情報を含んでいるということなのです。

        • supermab のコメント:

          おおおー!解ったぁ!

          さらに詳細な説明を頂きありがとうございます♪
          実装出来そうです!

          • mw_mw_mw のコメント:

            そうですか。よかったです!
            生のカウント数で考えるのが解り易く間違えにくいとおもいます。Nm=3√(2B)は覚え易い!
            またなにか不明なことがございましたらお声かけください。

            すみません。最初のコメント文で誤りがございました。
            「バックグランドがB=6959カウントで閾値を3.29とした場合は、sqrt(2*6959)*3.29カウントが有意になる実計数値になります。」において、
            有意になる実計数値 => 有意になる正味計数値
            です。訂正いたします。

          • supermab のコメント:

            >またなにか不明なことがございましたらお声かけください。

            ありがとうございます!
            twitter でフォローさせていただきました(笑)

            今後とも、御指導よろしくお願いいたします m(_ _)m

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