食品用放射線測定器をつくる(その2)

 専用のセンサーの開発は基礎的なデータ収集の為に中断しています。
そもそも、食品中の微弱な放射線を効果的に計測するにはどうしたら良いか? 
センサーにはどの程度の検出能力が必要なのか? 
などなど・・・もう少し原理的な事や方法論について詳しく検証しないと、仕様が決められません^^

 そこで・・・
安価な「ポケットガイガー」を使って、実験しながらデータを集めていきたいと思います。


基準線源の製作:

 今回は、実験用の基準線源を作ってみます。使用するのは、TIG溶接用の「Φ3.2トリウム入りタングステン電極」です(写真の下の棒状のもの)。溶接機や溶接資材を取り扱っているお店で入手できます。

(これ↓)
トリタン電極

これを、短く折って15Aのソケットに封入します。厚さは2.8mmあり、材質はSUS304です。
ホームセンターや、管材屋さんで入手できます。

(こんな感じ↓)
切断

ソケットの片方をプラグで塞ぎ、中に詰め込みます。

(こんな感じ↓)
封入

目一杯詰め込んだら、いったん取り出して重量を計ります。1/100g の精度の秤で計測しました。

(こんな感じ↓)
計量

もう一度、詰め込んでプラグで塞いだら完成です。

(こんな感じ↓)
トリタン線源


線量の計算:

 厚さ=2.8mm のステンレスに封入したことで α線・β線 は遮蔽され、この線源からは γ線 のみが放出されているはずです。では、一体どれほどの放射線が放出されているのか? 計算してみましょう。

 トリウム入りタングステン電極にはトリア(二酸化トリウム)が2%含まれています。
(ソース⇒トリタン製品安全データシート
 作成した基準線源に封入したトリタンの重量は 21.57g です。
 トリアの含有率は2%なので、基準線源に封入したトリアの重量は0.4314g。
 トリウムの原子量は232.0381(g・mol^-1) で、酸素の原子量は 15.9994(g・mol^-1) 。
 従って、トリア(ThO2)に占めるトリウム元素の重量比は87.9% 。
 なので、基準線源に封入したトリウムの重量は 0.379g とわかります。

 さて、トリウムの比放射能は、4050(Bq/g)。 (ソース⇒トリウム-232(232Th)
 基準線源に封入したトリウムの放射能は4050Bq/g x 0.379g = 1535Bq

 トリウムが放射する放射線の内訳は、
  α線 ⇒ 77.8%
  β線 ⇒ 22.1%
  γ線 ⇒  0.267%

 なので、基準線源から放出されるγ線は、1535 Bq x 0.267% = 4.1 Bq であると計算できます。

 上記計算から、
作成した基準線源からの放射線量は 4.1 Bq(毎秒4.1個のγ線が出ている) と分かります。


計測してみた:

 ポケットガイガーと作成したトリタン基準線源を、(その1)で製作した鉛遮蔽容器に入れ、センサーとの距離を変えて計測しました。放射線信号の抽出は、「GeigerViewer」を使ってPCで行いました。

(こんな感じ↓)
トリタン線源の計測

計測結果:
距離      時間(min)     count     cpm(※)    標準誤差(%)
D= 0.0mm     60        539      8.74      4.3
D=12.5mm    60        184      2.83      7.4
D=25.0mm    60         91       1.28      10.5
D=50.0mm    60         49       0.58      14.3
(※:鉛遮蔽容器内環境調整値)


計測結果の考察:

 実験結果を考察する前に、放射線を検出するとはどういう事なのか確認しておきましょう。
放射性元素が複数あった時、半減期までの期間にその半数が放射線を放出して崩壊します。一つ一つの原子について、それがどのタイミングで崩壊するのか予測することは出来ません。そこで、次のような思考実験について考えます。

「放射性元素の原子が1つあり、この原子の崩壊を放射線検出によって知りたいとする。放射線を受けると必ず反応する小さなセンサーがあるとしたら、このセンサーは原子の周囲360°にわたって無数に配置する必要があるのか?それとも、一つあればいいのか?」

この質問に、野尻氏にお答えいただきました。

nojiri

 このことから、「一個の原子は一発の放射線を、予測できないタイミングで予測できない方向に発射する」ことが分かります。なので、ミラーボールのような多角形の中心に放射性の原子があるとしたら、ボールの各面の全てにセンサーを張り付けておかないと、放射線を検出することは出来ない事が分かります。そして、ミラーボールの径が小さいほど、センサーの数が少なくて良いことも分かります。球の表面積(4πr^2)が半径の2乗に比例した関数なので当たり前ですね♪ 原子から見た標的(センサー)の大きさは、立体角と云うそうで、線源から離れると立体角が小さくなるので、アタり難くなるわけです。
放射線の影響が線源からの距離の2乗に反比例する」 というのは、こういう事です。離れれば離れるほど、放射線が命中する確率が2乗に比例して下がるわけです。

(こんな感じ↓)
立体角のイメージ

 この事を踏まえて、実験結果を考察してみましょう。

 まず、距離と計測値の関係をグラフにして近似曲線を描くと、二次で良く近似します。

(こんな感じ↓)
グラフ

 次に、センサーと線源の距離 Dでカウント Cdを得たとき Cd がどんな関数で表されるか考えてみます。

線源をポケットガイガーのセンサーに密着させた時 D=0 となりますが、線源の容器の厚み(=2.8mm)やセンサーの表面からPINフォトダイオードの検出部までの内部の距離があるので、その合計を d として考えると、真の距離は D + d と表せます。PINフォトダイオードの検出部表面に線源があった場合のカウント値を C とすると、Cd = C / (D + d)^2 と表せます。

 実験の結果をこの式に当てはめて解くと、d≒16mm となりました。これは、線源の径(Φ21.7 / 2)とセンサーの内部のクリアランス6mm と良く符合します。

 次に、ポケットガイガーの立体角について計算してみます。

ポケットガイガーのPINフォトダイオードのサイズを計測すると3.7mm角で、これが8個実装されています。⇒ 小鷲さんのコメントによると2.65mm角だそうなので、計算を修正します(2011/11/19)
従って、検出面積は3.7^2 x 8 = 109.5mm^2 ⇒ 2.65^2 x 8 = 56.18mm^2
センサーと線源の距離を50mmで計測した時、D+d=50+16=66 。
半径66mmの球の表面積は54739mm^2 。
なので、検出部の面積は109.5 / 54739 = 0.2% ⇒ 56.18 / 54739 = 0.1% となります。

基準線源は4.1 Bq なので、全てカウントすると246cpm。
この0.2% ⇒ 0.1% を検出すると 246 x 0.2% = 0.49cpm ⇒ 246 x 0.1% = 0.246cpm。

実験結果は計算値よりも大きな 0.58cpm でした。ちょっと、誤差が大きいですね。センサーのサイズや、トリタン線源の線量に誤差が隠れているのかもしれません。あるいは・・・もっと長時間計測すると0.49cpmに収束するのかもしれません♪ ⇒ どこか計算が違っていて、基準線源が4.1Bqよりもっと大きいのかもしれません。実験結果から見ると、9.7Bq の放射能を持っていることになります。・・・計算を見直してみる必要がありそうです(汗。

追記(2011/11/22)再度計測してみても結果は同じでしたので、どうやら実験結果は正しいようです。
なので、線源の放射能が計算値よりも高いはずです。原因は、はっきりとはわかりませんが・・・もしかすると、トリタンのβ線がケースのSUSで遮蔽されるときに、制動輻射でX線を出していて、それを拾っているのかも・・・? そうだとすると、「トリタンをアルミのパイプに入れて、ホットメルトを充てんしたものをSUS のソケットに入れる」など、制動輻射対策が必要なのかもしれません。

追記(2011/11/28)センサーはこれ?⇒ BPW34
このデータシートに入射角度による感度が記載されています。(その3)の片側遮蔽時の係数をもう少し正確に求めることが出来るかもしれません♪


まとめ:

 作成した基準線源(4.1Bq)の放射線検出は、鉛遮蔽容器内ではポケットガイガーでも可能であり、計測結果は計算結果と良く符合しました。
スペクトルはこちらでご覧いただけます⇒「食品用放射線測定器をつくる(その8)
 試料とセンサーとの距離は計測に大きく影響する(2乗に比例)ので、試料とセンサーがなるべく近くなり、常に同じ距離で計測する方法を考えないと、計測値が無意味なものになります。基準線源の計測結果からみると、たった1cm離れただけでカウント値が半分以下になっています。

 意外にも、低線量の基準線源の割には、ちゃんとしたデータがとれたように思います。もう少し基礎的なデータをとっていけば、食品の汚染判定に使えるかもしれません♪


 今回の実験結果に、先走って「鉛遮蔽容器内環境調整値」というものを使いましたが・・・
次回は、計測にあたって必要な「計測環境のデータ整備」についてレポートする予定です。

では、また♪

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食品用放射線測定器をつくる(その2) への7件のフィードバック

  1. 小鷲英一 のコメント:

    すばらしい解析、考察、実験の数々に感銘しました。Facebookのポケットガイガーコミュニティで話題になっていたので、見にきました。

    一つ気になったのでコメントいたします。ポケットガイガーに使っているセンサーは、感光領域が2.65mmx2.65mmとのことなので、こちらでご紹介されている式に当てはめると、誤差の大きい方向(小さいcpm)へと計算値が動いてしまいます。素人なので理由はわからないのですが、、、。

    それから質問が一つあります。町の中での測定では、よほど明確な放射線源が無い限り、地表から5cmでも1mでも、計測値にそれほど大きな差はないのですが、こうした面線源の場合はどのように考えたらよいのでしょうか? よろしければご教授いただければ幸いです。

    • supermab のコメント:

      小鷲さん、はじめまして^^
      コメントありがとうございます♪

      >コミュニティで話題になっていたので、
      そうなんですかぁ!

      >感光領域が2.65mmx2.65mmとのことなので、
      ノギスで外形寸法を測ったものですから^^

      >誤差の大きい方向(小さいcpm)へと計算値が動いてしまいます。
       わたしも素人なので本当のところは分からないのですが・・・線源の計算値など各所に誤差が含まれていますし、環境線量も変動しているのでもっと長時間計測しないと正確な数値は得られないように感じています。

      >町の中での測定では、・・・
       「点」線源の場合は、実験のように線源からの距離の二乗にきれいに反比例します。でも、町の中では地表面に線源が均等に、かつ無数に広がっていると考えられるので、「点」ではなく無限に広がる「面」として考えます。
       ある角度(たとえば45°)に指向性をもつセンサーを考えます。地表から遠ざかると、真下にある線源から見た立体角は距離の二乗に反比例して小さくなりますが、見える範囲が距離の二乗に比例して広がるので、見える線源の総数が距離の二乗に比例して増えますよね?なので、飛行機によって地表の線量を測ることが出来るんだと思います。

  2. 小鷲英一 のコメント:

    面線源の場合は、一様に広がって遮蔽されることが無ければ、距離によらないのですね。少し考えればわかることでした。失礼しました。

  3. MK のコメント:

    記事を書かれてから10年くらいたってからのコメントで申し訳ありません。トリウムの崩壊生成物も線量に大きくかかわっているのでしょうか。

    • supermab のコメント:

      MKさん
      はじめまして。
      このページではポケットガイガーを使って空間線量を測る実験を行っており、崩壊エネルギーを問わないので、ガンマ線の放射線源として入手しやすいトリウムを使っています。自然放射線に占める割合はカリウムほど多くないと思います。

      • MK のコメント:

        わかりにくくて申し訳ありません。
        トリウムの線量が、計算よりも多いのは、制動X線の影響もあるかもしれないが、トリウムの崩壊生成物も影響しているのではないか、ということです。
        さらに、酸化トリウムの放射能は、7100Bq/gであるという情報もありました。(ドイツ語版Wikipedia「酸化トリウム」)
        なので、実際の線量が違う理由はいくつかあるのではないでしょうか…
        ということです。

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